箱根の老舗魚屋「魚新」の末娘として生まれた石井寿美子さん(平成33・1958年5月10日~)は、まるで講談や映画、テレビドラマでおなじみの“一心太助”のような女性である。義理人情に厚く、正義感の強い一心太助が江戸っ子なら、寿美子さんはそれに負けない、ひまわりのように明るく元気な箱根っ子。群舞「箱根ソーラン座」の二代目座長として、祭りやイベントで舞い踊るその姿は、まぎれもなく私たちが思い描く“チャキチャキの魚屋の看板女将”そのものである。
寿美子さんは、東京の女子短大の英文科を卒業するとすぐに家業の魚屋の手伝いに入った。華やかな“花のお江戸”で学生生活を送ったら、そのまま東京で就職しようという気持ちになるのではないかと思うが、寿美子さんにはまったくそのつもりはなかった。幼い頃から父・正男さんと一緒に魚市場に行ったり、店の手伝いをしていた寿美子さんは、魚屋の仕事につくことはごく自然なことだった。
「母(君江さん)の方針が大きかったですね。私は、5歳の時から岩井流の日本舞踊を習っていたんですけど、ずっと踊りを続けてよいが、卒業したら箱根に戻ってくること、というのが東京の学校に行かせてもらえる条件だったんですよ。踊りは大好きだし、家業も嫌ではなかったので、母の思惑は見事に成功したわけです(笑)」。
名取“岩井寿松榮”にもなり、国立劇場や新橋演舞場、歌舞伎座などの舞台にも立ったが、25歳でサラリーマンだった修二さんと結婚。その姿を見届けた君江さんは、その半年後に亡くなった。それを機に、魚屋を継いでくれた修二さんとともに、店舗の隣に食事処「大正(だいまさ)」をオープン。仕事に専念することになった。
踊りも辞めて、仕事と子育てに追われて16年が経ったある日、仙石原に住む安藤貴代子さんから電話が来た。「箱根全山の人たちが一緒に踊れるものを作り、箱根を元気にしたい」「箱根と北海道の虻田は姉妹町なので、それに因んでオリジナルのソーラン踊りはどうだろう」と意欲的に動き始めていた安藤さんは、寿美子さんとは面識はなかったが、寿美子さんが日本舞踊をやっていたことを知り、声をかけてきたのだ。元来、踊りが大好きな寿美子さんは、協力を約束した。
以来、初代箱根ソーラン座座長・安藤さんとコーチを引き受けた寿美子さんのパワフルな活動がスタートした。宿やお店の女将をはじめ、主婦たちメンバーは、地域の祭りで踊りを披露することはもちろん、他の市町村のイベントに招かれたり、幼稚園生、小学生たちの指導にもあたったりと、活動は軌道に乗って行った。
しかし、2018年2月、安藤さんが急死。突然の別れが来た。失った存在はあまりにも大きかったが、立ち止まることはできない。寿美子さんは安藤さんの熱意と意志を受け継いで、二代目座長に就任。2019年、箱根を代表するグループとなった箱根ソーラン座は、15周年を迎えた。
【食事処 大正】
■〒250-0521神奈川県足柄下郡箱根町箱根63
■電話:0460‐83‐6723
■アクセス:箱根湯本駅から箱根登山バス(H路線)約50分「箱根ホテル前」下車すぐ。 箱根湯本駅から箱根登山バス(R路線)約35分「箱根ホテル前」下車すぐ。
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