澄んだ水を湛え、良質なプランクトンが棲息している芦ノ湖で育った「公魚」の繊細な味と質は、日本一と言われており、刺し網漁が解禁にある10月1日の初漁で獲れたワカサギは、毎年、箱根神社に奉納。同神社で「公魚奉献祭」が斎行された後、宮内庁に献上されている。ワカサギを「公魚」と表記する所以もそこにあり、いまや箱根を代表する名産となっているが、ワカサギが霞ヶ浦から芦ノ湖に移植されたのは、大正7(1918)年のことである。それ以降、日本各地の湖から芦ノ湖に卵が移植されてきたが、平成13(2001)年からは、芦之湖漁業協同組合が独自に開発した「水槽内自然産卵法」という画期的な方法によって毎年3月と4月に定置網で親魚を捕獲し、孵化、放流。芦ノ湖のすべてのワカサギは、卵から正真正銘の芦ノ湖生まれ、芦ノ湖育ちになった。現在では、芦ノ湖の卵が全国に送られているという。
そのワカサギの漁をしながら、ワカサギ料理を提供しているのが、レストラン「網元おおば」の店主・大場基喜さん(昭和40・1965年2月20日~)である。
大場家が芦ノ湖の漁に携わるようになったのは、祖父・団三さんの時代、ちょうどワカサギが霞ケ浦から移植された頃からである。父・基夫さんも漁をしながら「レストランおおば」や貸ボートや釣り関連の業務を手掛ける「芦ノ湖フィッシングセンター」を開業。レストランは平成21(2009)年にリニューアルし、店名を「網元おおば」とし、基喜さんが継いだ。
漁師として三代目、レストラン店主として二代目になる基喜さんだが、幼い頃より基夫さんから仕事を継ぐようにと言われたことはなく、高校卒業後は、東京にあるデザインの専門学校に進学したという。しかし、夏休みなどにレストランの手伝いをしているうちに、デザイン関係より料理の方が自分に合っているように思うようになり、デザインの専門学校を卒業後、調理師の専門学校に入学。調理師として本格的に厨房に入った。
「ただ僕は頑なに漁に出るのを拒否していました。とにかく、朝が早いですからね。午前2時過ぎには船を出さなければならない。それは僕には絶対できないなと。でも、『網元おおば』のメインの食材はワカサギですから、それからはもちろん漁に出ていますよ。自分で自分の首を絞めてしまった感じです(笑)。
それにやはり、小さい頃から育ったところですし、空気のおいしい芦ノ湖の自然に囲まれて漁をしていると元気がでます。逆に都会に出ると、頭が痛くなり早く帰りたくなります」。
ワカサギ料理といえば、天ぷらやフライが一般的だが、『網元おおば』では南蛮漬け、ワカサギ茶漬け、甘露煮など、基喜さんが腕を振るうさまざまなワカサギ料理を味わうことができる。
さて、一定のサイズの網目にかかったワカサギを獲る「刺し網漁」は、ワカサギの大きさが揃う伝統的な漁法だが、その網を作っていた業者が製造を中止し、全国的にも見つけるのがむずかしくなってきているという。
「今後どうしていこうかと、漁に携わっている者たちで検討を始めているところです。いまの網の糸は昔より細いので、以前のように太い糸で作ることはできるかもしれない、とも話していますが、芦ノ湖の水はとても澄んでいるので、太い糸だと網が目立ち、ワカサギが警戒してしまいますし」。
伝統的な刺し網漁存続のために、基喜さんたちはこの大きな問題の解決法を探っているところである。
【網元おおば】
■〒250-0522神奈川県足柄下郡箱根町元箱根162‐18
■電話:0460‐84‐8984
■箱根登山バス(T路線)、箱根ロープウェイ「桃源台駅」から徒歩約6分。
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